注意!! このページの情報は、1996年当時の情報ですので、現在の情報とは異なる場合もあります。あくまで「過去の資料」としてご覧下さい。 リンクも途切れている場合もございますが、何卒ご了承下さい。
最新の情報は、下のリンクでご覧下さいませ!
2001年現在のホームページへ

 ’96/07/12            弘前大学人文学部
                   佐 藤 和 之 助教授


演題:ネットワークコミュニケーション論

ー 弘前からHIROSAKIへ ー



専門分野及び研究概要: 国語学・方言学・社会言語学  

○方言主流社会を構成する人々の言語意識と言語行動に関する調査・研究

 もし地域社会が方言話者だけで成立しているならば、ことばの使い分け問題は本
 語にとって大した問題とはならない。方言で生活することが日常の社会にとって
 の方言と共通語の問題を考える。


○日本語国際センサスの実施と行動計量学的研究

 国際社会の中で、経済力をつけた日本語は、どのような使われ方をし、どのよう
 に評価されているのか、主にアメリカ・中国での日本語の社会的評価を考える。


○非日本語話者に対する災害情報の伝達方法についての研究

 日本国内に多くの日本語を話せない人々をかかえるとき、災害情報はどのような
 言語で、どのように流されるべきなのかについて考える。





外国人のための災害時のことば

Easy Japanese の提唱とラジオの効用

日本語が話せない人々


 阪神大震災は我々に多くの教訓をもたらした。地震後の一月二三日、朝日新聞大阪版は「ことばの壁で避難先などの救援情報をスムーズに入手できず、不安に駆り立てられて『緊急帰国』する外国人留学生や出稼ぎの外国人が相次いでいる」ことを報道した。また二月二日の神戸新聞は、日本語が話せない英語学校教師が「地震の後、家具が散乱する自室を脱出して近くの公園にいったん避難した。
 しかし、他の多くの被災者がどこに向おうとしているのかは、尋ねても分からず、ふたたび自室に戻るほかなかった
」という。

 テレビやラジオで盛んに情報が流れるが、日本語ばかりで理解できず、どこに行けば給水が受けられるか、食料が手に入るかも分からない。知り合いに電話をしようにも全くつながらない」ことを紹介し、日本における外国人対策の必要性を社説で指摘した。

阪神大震災が発生した翌日、インターネット上に次のような救援依頼文が流された。

Date: Wed, 18 Jan 1995 18:46:00 +0900
From: *****
Subject: Earthquake help
To: kansai-net@kuicr.kyoto-u.ac.jp

Netters:
Help is needed in KOSHIEN (Hanshin line), Nishinomiya-shi. Anyone who can speak Spanish/Portuguese could help there.There are many people from Bolivia, Peru and Brazil living in that area of Nishinomiya-shi.
If you want to volunteer you should go to Koshien station, Hanshin line and walk from the station to the Catholic Church of Koshien, where father Fernando and Justo are assisting the community there. Hanshin line major stations is located in Umeda. The line, that otherwise would reach Kobe, is linking Umeda and Koshien.
If I don't have work to do tomorrow I'll go there in the morning. If you are interested and can help, please go there by yourself or ring me to arrange a time.

また、外国人地震情報センターへの問い合わせ言語を見てみると、51%が日本語(30%) や英語(19%) 以外の言語で相談をしてきている。日本の国際化は英語が通じることを前提としてきたため、現実に国内に居住する外国人たちのことばとの差が如実に表われた結果となった。

伝えるべき情報


 直後情報
  ・地震の規模や発生場所について
  ・余震の今後の見通しについて
  ・津波がくるかどうか

 復旧情報
  ・水道・ガス・交通の復旧
  ・飲料水や食料、生活必需品、病院

 生活情報
  ・コインランドリなどの営業や子供の学校、銀行や郵便局などの預貯金
  ・住宅問題といった生活に関する問い合わせ

  日本人が欲しているこのような情報は、外国人にとってもまた必要な情報
                  メ
     マスコミもまた、被災地を見守る国内外への報道が主となり、
     国内で被災した外国人への情報提供は、粗になる傾向

阪神大震災で被災した日本語を理解できない外国人の多くは、ボランティア団体が立ち上がるまでの数日間=情報からも取り残された。
外国人被災者のための相談所や情報提供機関が本格的に稼動するまでには一週間を要した


 94年1月に被災したロサンゼルス(ノースリッジ大地震)では、ロサンゼルス消防局が被災3日目までに飛行船を使った十項目のメッセージを英語とスペイン語で広報している。
From CITY OF LOS ANGELES FIRE DEPARTMENT
http://www.ci.la.ca.us/department/LAFD/index.html
NORTHRIDGE EARTHQUAKE January 17, 1994

On January 17, 1994, a magnitude 6.8 earthquake occurred at 0431 hours in Los Angeles. The earthquake's epicenter was in Northridge according to the Caltech Seismological Laboratory. Although the surface wave magnitude of this earthquake was initially estimated to be 6.6, it was later upgraded to 6.8 by the National Earthquake Information Center.

The following is a listing of significant events relative to this
earthquake, and actions taken by the Los Angeles City Fire Department tomitigate its impact upon residents of the City of Los Angeles. Where possible, events are listed in chronological order.
At 0435 hours, the Emergency Operations Center was activated.
As a result of the earthquake, one radio repeater site was rendered
inoperative. This, however, did not adversely affect radio
communications.
                  ・
                  ・
                  ・
                  ・
The L.A.F.D. provided the Goodyear Center with ten post earthquake
safety messages in English and Spanish. These messages were displayed on the Goodyear Blimp throughout the evenings of the l9th and the 20th.



 外国人に対しての情報提供手段としては、外国人専用ラジオ局の設置なども有効であるが、小規模な都市では複数の局を設置することは難しく、既設局を利用しての広報手段を考えることが望ましい。ラジオを用いて、外国語による情報を流すことでの最大目的は、必要最少限の情報を地震を経験したことのない人たちにも理解できるよう繰り返し流すことにある。

必要最少限の情報とは、


  @ 日本人が最も始めに求めた直後情報や火事の行方といった緊急性の高い情報

  A より詳しい情報が得られる時間と場所へのアクセスのための源となる情報



阪神大震災のような広域災害の場合、行政関係者や消防関係者もまた被災者となる。

地震直後からしばらくの間は、被災者たちが自活できるように従来からさまざまなネットワーク作りを手伝っておくことも、情報弱者を生まないための防災運動の一環であろう。

ネットワークを作る上で大切なことは、地域住民と助け合えるような連帯意識を育てることである。また民族色の濃いネットワークであっても、外国人を隔離するのではなく、彼等の中に日本人とのインタフェースになれる人を日常から育成しておくことが必要である。いわゆる町内会的ネットワーク作りを防災組織の一貫として日常から援助しておくことである。留学生が情報弱者に含まれにくかったことからも、このことは有効な手段であることがわかる。








北緯41度のネットワーク


 さまざまな所で話を聞きながら感じることは、「ネットワーク」というキーワードがこれからの日本や世界を動かすということ。
 たとえば人的交流や地域交流の術をどれだけ持っているか、互いに新しい情報をどれほど交換しあっているか、そしてそれらをどう活用しているか、といったことがとても大切になっているということ。
 ネットワークを広げ育ててゆけば、もっともっと青森や日本のことを広く理解してもらえる。

 

求められている情報を集められる術

どれだけ価値ある情報を集められるか

集めたものを充分に処理する能力を有しているか

そしてそれらを実行できるよう支えてくれる仲間がいるか



求められている課題に答えていこうとする努力が最も大切

求めそうな情報を逸早く流してやるという機敏性も大切




   具体的には
子供たちにも大人にも、どう見るとどんな見方ができるのか
説明できる充分な説明員をおく
     メ     
  目に見えない投資は、いつかきっと実を結ぶボランティアだっていい
問題は、それら説明員の人びとにどう積極的に働いてもらえるか
そのための知恵が欲しい
誰にでも自由に芸術に触れさせる場を与えること

提 案(ソーホー in ニューヨーク)

ある期間、弘前に世界中の若手を滞在させる
芸術奨励金を出す
生活費などは全く無料

彼らが作った作品のいくつかは、青森の芸術パークが管理します。
つねに新しいものが生み出されますし、街全体が芸術パークになります。
青森理解者が世界中に増えていきます
ニューヨークも青森も北緯41度

同緯度上にはソルトレイクシティ(アメリカ)やナポリ(イタリア)
バルセロナ(スペイン)、タシケント(ウズベスク共和国)、錦州(中国)

 
インターネットのサーバを開設し、HIROSAKI芸術情報を発信すれば、世界中からのアクセスが考えられます。新しい人的交流が生まれ、情報が発信されているところには、人々が集まり、リピータも増えてきます。


文化を生み出す

青森に住んで思うことー新しいことに対する恐れが先にたってしまい、他地域がやったことを十年後に実行している。

対 策


ネットワークを作り出せる斬新な知恵 / 斬新な知恵を育てられる大人

一人一人が自分にとって、より住みやすい街を作ろうと考えればいいだけ

保守的な考えは文化や伝統を維持するために絶対に必要

しかし一方で文化を生み出そうとする、それ以上の新しい力も育てる



  参考wed site

http://www.ci.la.ca.us/dept/LAFD/index.html http://www.fema.gov/ http://www.soho-ny.com/ http://www.soho.net/ http://www.soho.net/software/barb.html http://www.yahoo.co.jp/ http://www.yahoo.com/ http://web.iap.co.jp/public/shirakami/ http://www.unesco.org/whc/welcome.htm http://www.unesco.org/whc/brief.htm http://www.unesco.org/whc/heritage.htm http://www.mmjp.or.jp/tambo/

ホームページに戻ります。